龍潭譚背景イラスト

龍潭譚 Tyutandan IzumiKyoka × GakuNakagawa

インタビュー

泉屋宏樹:インタビュー1 泉屋宏樹:龍潭譚装幀_錫箔貼り 泉屋宏樹:インタビュー2 泉屋宏樹:トロント時代

“本を作っただけでは終わらないことをやりたい 『龍潭譚』アートディレクタ―&デザイナー 泉屋宏樹インタビュー

錫箔すずはくに銀箔押しの題字という職人技の装填、他の追随を許さない精度の高い印刷と高度な加工技術で抜かれた最終ページの躑躅つつじ。『龍潭譚りゅうたんだん』を“平成の奇書”に仕立て上げたのは、アートディレクションとデザインを担当した泉屋宏樹さんである。今回のインタビューには、中川学さんのリクエストで「泉屋さんはどんなふうに今のような仕事をするデザイナーになったのか」を背景からすべて聴かせていただいた。「なんで『龍潭譚』はこんなに凝った本になったの?」と疑問に応えうるボリュームになっていると思う。また、デザインの仕事に関わる人たちにもぜひご一読いただきたい。

布団の中でも絵を描く“投稿少年”

僕は、大阪の天神橋筋商店街の呉服屋に生まれました。小さい頃から、着物紋や柄に興味があって、家紋表を見て「かっこええなあ」となぞって描いたりしていました。でも、それを着たいとか商売にしたいとは思わなくて。あくまで、ロゴやデザインとして見ていたんです。小学生のときは、マンガ雑誌の投稿コーナーに片っ端から絵を送る“投稿マニア”でした。太さの違うサインペンをたくさん使って、夜中まで布団の中でハガキに描いてました(笑)。

芸術系へ進もうと思ったのは高3のとき。大学付属の高校だったし、95%は内部進学するのですが、僕はそれをすごく疑問に思って。「絵が好きだから芸大に進みたい」と言ったんです。先生には反対されましたが、父が「息子が言う通りさせてやってくれ」と背中を押してくれて。高3の夏からデッサン教室に通って芸大受験の準備を始めました。

ところが、そのデッサン教室で僕はいまだかつてない屈辱を味わったんです。忘れもしない、最初の課題は「立方体をケント紙に2時間で描け」というもの。僕なりに仕上げて提出したら、合評で「一番ダメな作例」として先生にけちょんけちょんに言われたんですよ。僕、もう立てないくらいへこんで(笑)。先生や同じクラスの上手な子に、何が必要でどうしたらいいのか聞いて回って、結局、一浪して大阪芸術大学の視覚伝達デザインコースに入りました。

「Macは道具として使う」というこだわり

浪人時代と大学4年間は、とにかくいろんなものを見て視野を広げておきたいという意識がありました。デザイン制作をするうえで、遊びも含めて街をしっかり見ておかないとクリエイティブになれないなあと思っていたんですね。

ところが、1、2年生でがっつり基礎を学んでアナログで描いていたら、裕福な家の友人がMacでデザインしてプリントアウトした作品を持ってきたんですよ。出来上がりのクオリティが、アナログとは衝撃的なほど違うのがすごい衝撃的でした。でも、大学にはMacはないし、先生方はMacを使えない。その友人が僕らにとって“Macの先生”代わりやったんです。

僕、当時からアナログに手でモノを作りたかったから、絶対にMacでしか作れないものとアナログで作ったものがいいモノを線引きして、自分でそれを決めようと思いました。デザインであろうとアートであろうとパソコンは道具として使おうと。何でもかんでもパソコンで作ると、同じようなものしか作れなくなります。今思えば、教育機関にいるときに「パソコンで作るのがアタリマエ」という感覚にならなかったのは、僕の中で大きかったのかなと思います。